内田樹『下流思考 学ばない子どもたち働かない若者たち』


「学ぶのは好きじゃないけど、ビジネスは好き」

ビジネスを語る若い人がやたら増えたなと最近感じています。

 

「学ぶのは好きじゃないけど、ビジネスは好き」

 

こんなタイプが多くなっているのでしょうか。

 

高校生の進路面談なんかやっていても「経済・経営」が根強い人気です。あとは「医療系」など資格直結なものが取れる学部です。

 

要するに「就職してから有効だと思われているものを大学でやりたい」と多くの高校生が考えているわけです。

 

文学部とか人気ないみたいですよ。去年、とある人気大学に行きたいと言われて、「哲学科でもいい」ということになってAO入試受けたら受かってしまいました。勉強期間はわずか2週間くらいでしたけど。多少哲学系の本を読んでもらって論文添削と問答練習した程度でした。

 

ここで参考になるのが、内田樹『下流思考』に書かれているところです。

 

子どもたちの「学び」が、「教育サービス」を「購入する」という視点になっているという点です。

「学びの本質」とは

これが「学びの本質」からずれてしまっていると筆者は指摘します。

 以下引用します。

 

「起源的な意味での学びというのは、自分が何を学んでいるのかを知らず、それが何の価値や意味や有用性をもつものであるかも言えないというところから始まるものなのです。というよりむしろ、自分が何を学んでいるのか知らず、その価値や意味や有用性を言えないという当の事実こそが学びを動機づけているのです。」

 

「気がついたらすでにゲームが始まっていて、自分はそこにプレーヤーとして投げ込まれているという状況を想像してください。そのゲームがいつ始まり、どういうルールで進められているのか、自分はまだわからない。でも、とりあえず誰かが僕にボールをパスしてくるし、パスしたボールを「こっちへよこせ」と目で合図してくるプレイヤーがいたりする。あるいは血相を変えて襲いかかってくるプレイヤーがいるので、とりあえず逃げる…そういうことを繰り返しているうちに、だんだんとどういうふうにすればゲームが進むのかだけはわかってくる…。そういうものだと思うんです、学びというのは。」

~引用終わり~ 

 

 

このように、何を学ぶかを考えていくときに、「どれを買ったらお得か」というのは、学びの本質とはかなり異なっていることなんですよね。

 

「なんでそう考えるようになってしまったのか」という点に関しては、産まれて小さいときから今の子ども達は「消費の主体」になっていたからだと言われています。

 

小さいうちから、お金を使って大人と同じようにコンビニなどで買い物ができちゃいますからね。買い物する際には、いつだって「何の役に立つのか」「損はしないか」ということを考えているわけです。

 

だから、学びに関しても「教育サービスを買う」という視点で、「一番お得そうなものだけ買いたい」となります。

 

だから、もし学歴が買えますってなったら、きっと売れるはずなんですよ。実際、大学でもどうやって楽して単位を取るかを多くの学生が考えているわけですから。

 

で話を最初に戻しまして、「ビジネスの話は大好きだが学ぶのは嫌いという若者が増えている」という点。

 

こういうタイプの人たちは、一見無駄がなく賢そうに見えてある落とし穴にはまっています。

 

それは、ビジネス=金儲けと置き換えてみるとわかりやすいかもしれません。

「金儲けの話は大好きだが、学ぶのは嫌い」

マンガ「カイジ」をご存知でしょうか。

 

カイジがギャンブルでふんだくる相手は必ず「金儲けが大好きな奴」なんですよね。

 

カイジは騙されてカモになったふりをするわけです。それで金儲けが大好きな相手は喜ぶのですが、それが罠なんですね。それでいい気分になって大勝負しかけてきたところを返り討ちにするという手法なんですよ。

 

このようにビジネスが好きな人というのは非常に危険と裏腹なんですね。

 

詐欺にひっかかりやすくなります。だいたい詐欺にひっかける場合、「ビジネス(金儲け)の話が大好き」な人がターゲットになります。

 

 

「学ぶのは好きじゃないけど、ビジネスは好き」というのは「私はカモです」って言っているようなものなので「大声で言わない」ことを私はオススメしますね。

 

「学ばなくなった子ども」はビジネスの話(金儲けや損しないためには話)に乗っかりやすいんじゃないかってとても心配だなぁと思った今日この頃でした。